谷中墓地

現在、次から次へと迫る展覧会の準備で忙しい。
昼過ぎ、額の設計図面を作成し、業者に発注した。今描いている縦横2mの作品に取り付ける額だ。決して安くはないが、そんなことよりも搬入間際の発注になってしまったことの方が気にかかる。
果たして、搬入までに間に合ってくれるのだろうか。
そんなことを考えながら、帰路である谷中墓地の間を通り抜けて日暮里駅に出る道を歩いた。
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現在、俺は大学まで電車で通学している。京成線の沿線に住んでいるため、降車駅は日暮里駅である。そこから、谷中銀座に向かって歩くと、まもなく左手に谷中墓地が広がる。芸大は、墓地を抜けて言問通りを渡った方向にあるため、俺は墓地の間を抜けて芸大に通う。
通学路は、一本の道の両脇を墓地が挟んでいる。通り沿いには桜の木が並び、春になると花びらが一斉に枝を埋め尽し、見事な桜並木となる。木々から差しこむ木漏れ日をとても美しく感じながら、ほぼ毎日、行きと帰りに歩く。谷中墓地の周辺にも、東京という大都会の中にありながら、木々が生い茂り、古い時代を感じさせてくれる建物も多くある。
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墓地の中に天王寺五重の塔跡があり、その前も通る。幸田露伴の「五重の塔」で有名だが、自分には日本画家、横山操の「塔」の方がなじみ深い。1957年の火災の際、横山操は五重の塔の延焼の知らせを聞くと、当時"鴬谷"のアトリエで制作していた横山操はすぐに駆け付けてスケッチを描き始めたといわれてる。そこを通る度にそのエピソードを思い出す。

この谷中界隈を歩くたびに、墓地という特殊な空間と隣り合わせに住んでいる人々がいることに対して、不思議な感情を抱く。なぜなら、墓地という異空間が、人間と密接した距離にありながら、全く違和感なく共存しているからだ。墓地というと、多くは生活圏から少し距離を置いたところにあることが多い。しかしこの地域は、建物に密接し合う所にある。そもそも、谷中・日暮里界隈には、寺院が密集しているという状況もあるのかもしれない。
 
日暮里駅から程近い墓地に両脇を挟まれたこの通りは、俺のように通学・通勤する人々が、普段の生活で利用している。また犬の散歩やジョギングで通る人々も多くいる。生と死の境界は明らかだが、この谷中墓地の空間は、生きている人間と土の中に眠る人間との距離をあまり感じさせない。この道を歩く時間に、俺は自分の周囲に生きていた誰かを思い出し、生死についてよく考える。
俺の目の前には対照的な世界が広がっている。
 
墓地を取り囲む木々、足下には様々な植物の命があり、墓地の向こうに街並みが見える。
そんな空間を抜ける時に時折見える、木々で切り取られた空のシルエットに安堵を覚える。建物で切り取られた空のシルエットよりいい。


— 間もなくして、日暮里駅のホームの明かりが見えてきた。
今夜は少し風が強かった。墓地の木々、木の葉が静かに揺れていた夜だった。

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by zeno1016trp | 2006-02-09 01:47 | 制作日記