<   2006年 07月 ( 4 )   > この月の画像一覧

蝶蜻蛉と日光社寺

現在、大学アトリエと自宅で制作を行っている。
大学アトリエにおいては先々週から「柿渋」を使用している。柿渋の発酵した香りをアトリエ内に充満させての作業。
(※古来より伝統天然染料として用いられてきた。 防虫・防水効果もあり、古くは番傘や陣合羽、建造物等に使用されている。時間の経過と共に変色していく。)

柿渋塗装では水で薄めた柿渋液を数回に分け、何層も重ねて塗っていくという作業を繰り返す。現作業では、この柿渋に硯で摺った松煙墨を混ぜている。
しかしこれがなかなか変色をしない。そもそも塗装の時期が遅かったこともあるが、曇り続きだった天候のせいもあるのだろう。4倍に薄めた液から、2倍液に変更した。

乾き待ちの合間には"息抜きキャッチボール"も。
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先日、"取手実験園作業"の帰り際に『青色のトンボ』を発見した。
幼い頃、トンボやヤゴをよく掴まえたものだが、このような青いトンボを見ることは初めてだった。そのトンボの羽の色は濃い青紫で、体がやや群緑のような美しい色彩だった。

体は細くて短く、羽が片側に2枚づつ、幅広い形態。後方の羽の方がやや広がりがあり、通常見かけるトンボの羽とは明らかに形状が異なる。体の前方の2枚と後方の2枚の羽は交互に羽ばたかせ、時折体を収縮させながら羽を閉じる。飛ぶ姿はひらひらと舞う"蝶"のようであり、植物に止まる際は花びらが地に落ちる様であった。


それは俺にとってあまりに魅力的だった。
必死になって、持っていたデジカメで撮影を試みた。できることならば掴まえたいという欲もあったが、あまりに優雅な舞い姿にそんなことはどうでもよくなってしまった。しばらくして撮影をやめて、緑の中に佇んで眺めていた。
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帰宅して調べてみたら、「チョウトンボ (蝶蜻蛉) 」という名前らしい。
本当に蝶のようにひらひらと飛ぶのでチョウトンボという名がついたという。成熟成虫は7~8月を中心に見られるようだ。

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先週末お盆のために実家に帰省し、今週末は修学旅行以来の「奥日光」旅行に行ってきた。毎年この時期には国内旅行に行く。近年は沖縄、那須、岩手、宮城、そして今年の日光。

日光の気候は、富士の麓にある実家の気候とよく似ている。標高が高いこと、山々に囲まれた地域ということが上げられるが、気温や湿度まで似通っている。
金曜日はあいにくの悪天候だったが、東武日光駅に降りた時の肌寒さはあと数日で8月を迎えることを忘れさせられてしまうほどだった。
土曜は快晴に恵まれ、いろは坂を上った所にある「中禅寺湖」、そして「東照宮」などを巡った。
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壮大な日光杉並木の深緑と足下の苔が生み出す翠緑が、社寺を反映していた。
翠緑が社寺を抱擁しているかのようにも思えた風景だった。
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by zeno1016trp | 2006-07-30 19:24 | 制作日記

ようやく夏らしくなってきたようだ。
「蜩(ひぐらし)」の鳴き声もようやく耳にすることができるようになってきた。
高校野球地方大会の積み重なった順延が気になるこの頃。


週末、盆のために実家に帰省した。

両日、互いの実家の墓参りに赴く。
地元の友人とも会いたかったが、夫婦互いの実家に顔を出すことで精一杯だった。

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静岡では「盆」は7月だが、暦においては8月15日が「お盆」となっている。
けれど、どうやら8月15日というのも夏休みの関係からきているようだ。さらに、メディアの発達によって「お盆」を8月15日とすることが全国的になりつつあるようだ。
このことによって、本来の意味である"祖先の霊を祭る宗教行事"としてでなく、休暇(夏休み)としての意味が強くなってきているとも言われる。
それでも個人的には、「お盆」や「正月」のような"日本的"行事に因って身近な人たちを想い、集う機会となるのならその意義は充分にあると思っている。

今後も"日本的"な文化は、時代と共に変容していくだろう。
大切なことは、有形であれ無形であれ大切に守り続けていくべきものを認識し、自覚するべきことだと思う。
 
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実家では、妹夫婦の長男、10ヶ月になる甥の昂雅(こうが)が歩行器に乗りながらも元気に動き回っていた。
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妻の実家でも、家族が温かく迎えてくれた。

妻の実家の庭先の、"迎え火"の白い花がとても瑞々しかった。
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by zeno1016trp | 2006-07-27 10:38 | 帰省日記

先週の木曜日、友人のMと共に、佐藤美術館で開催している展覧会を見に行った。
藝大油科出身で同学年だった藤原さんの個展。

その後、藤沢市湘南台のギャラリーヒラワタという画廊に。
ギャラリーヒラワタでは作家の友人が個展を開催していたのだ。

作家の友人は、鎌倉においての予備校の元生徒だった。
(彼の他にもう一人、鎌倉の予備校の元生徒で、強い意思で作家活動を続けている友人がいる。)
そんな彼らは多摩美日本画を卒業し、現在、活発に作家活動を行っている。俺自身、未だに彼らの姿勢に教えてもらうことが多くあるんだ。

友人はあいにくの不在だったが、遠方まで来た甲斐があった展覧会だった。

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その後、ヒラワタに行く直前に落ち合った、藤沢市在住の同級生U君の近場にあるというアトリエへ。

積み重ねられた画集、箱の中に整然と並べられた岩絵の具、そして絵筆。
初めて覗いた彼のアトリエは、これらの画集と画材と壁に打ち付けられたベニヤ板に囲まれた「城」となっていた。

しばらくして俺たちは、床の上に直に座布団を敷きアグラをかいて、ビールを酌み交しながら制作の話などに花を咲かせ始めた。


たわいもない会話の中、ふとMがつぶやいた。

「俺たちはきっと何年たっても、こうして語り合うことができているんだろうね。」

その彼の一言に皆で笑い合い、そして静かに頷きあった。



きっと俺たちは、いつまでもこうやって語り合う仲間でいることだろう。
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by zeno1016trp | 2006-07-25 00:28 | 展覧会鑑賞記

梅雨の憂鬱

学期末ということもあり、7月に入ってからは本当に忙しかった。久しぶりの日記になってしまった!

野外写生から始まり、大学美術館芸術資料見学、2泊3日の大学院ゼミ旅行、大学院研究会、そして一年生の研究会。8月に開催予定の大学院研究室企画「素描展」の運営も重要な仕事の一つだった。(後日お知らせします!)

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その中で、2泊3日の大学院ゼミ旅行はなかなか面白いものだった。
今回の日本画第二研究室ゼミ旅行のテーマは「磯の形象」、そして目的地は「東京大学三崎臨海実験所」。昨年度に続いて二度目になるものだ。

梅雨真只中の中にあって、天候は最終日になりようやく晴天に恵まれた。
そのため、一番の目的を達成することはできなかったが、海岸沿いの写生に加え、「網」を持って磯の蟹や貝を採集、写生することはできた。
先月の東大三崎臨海実験所主催の「自然観察会」に参加した時ほどの生物を捕獲することは出来なかったが、カニやエビ類を随分捕獲した。
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— 写生がとても好きだ。
自身の素描と言えば、外部に向かう意思を全くと言っていいほど持ち合わせておらず、表現とは全く意味合いが異なると思う。そこには、ひたすら陶酔があり、より増幅した内向的な世界があるんじゃないかとも思っている。

直接“タブロー”に反映するものではないが、“タブロー”と同等、もしかしたらそれ以上に自己の映し鏡になっているのではないのかと感じることがある。
(※タブローという言葉はあまり好んでおらず、現時点ではこれしか適当な言葉が見付からないため使用。<日本画では“本画”という言葉で用いることもできるが、この言葉はさらに好まない>)

さらに素描を通じて、大真面目に表現の"リアリティ"って何だ?と考えることもある。ただ、それらがたとえ表現に生かされなくとも、自己の表現に間接的なきっかけを持っていることは実感できる。つまり、それが自分の素描であると考えている。
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現在は、特に植物の形象に魅力を感じている。
先週末は取手植栽実験園で写生を行い、園内に植生しているクチナシを始め、楮、トロロアオイ、真弓、茜を写生した。
植物が身近にある環境の中に身を置き、土の臭いを感じながらじっと描いていると、あたかも自然と同化したような気持ちになる。

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先日、イタリアがPK戦までもつれ込んだ決勝戦を制し、1982年大会以来4度目の優勝をもってドイツW杯が終焉した。ようやく元通りの生活に戻ることができたが(笑)、やはりどことなく寂しさを覚える。また、今日までサッカーの表にでてこなかった部分が、このような大会の最後の最後に露呈してしまった"ような"終わり方を迎えてしまい、残念に思う。

しかしマスコミは、未だに「ジダン、ジダン」と報道しており、もういい加減に静観したらどうかと思っている。お陰さまで、それまで騒がれていた"日本"の中田の引退が、どこ吹く風といった具合だ。


現在、その中田英寿のように同年もしくは同世代、同学年の人たちが、日々どのようなことを感じ、日々どのようなことを考えて過ごしているのかと気になっている。また、既に歳を過ぎてしまった人、亡くなった人も含めて、現在の自分の年齢の頃、どのようなことを考え、どのようなことをしていたのかということも非常に知りたいと思っている。
特に、物故作家の若き頃の活動、そして若き時代の作品を知ることは、現在の自分にとって興趣が尽きない。

そんな今は、平野啓一郎の「文明の憂鬱」を読んでいる。彼は同世代の芥川賞作家だが、同世代作家とは思えないくらいの「現在」の鋭い視点をかい間見ることができ、とても興味深い。
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by zeno1016trp | 2006-07-19 02:03 | 制作日記