カテゴリ:帰省日記( 7 )

久しぶりの日記になってしまった。
僕は、日々の出来事をメモをするという習慣はあるんだけど、ブログに日記をアップするという習慣は欠けているようだ。もう少し頑張りたいと思うこの頃。


先日、静岡の実家に帰省した。清々しい陽気に恵まれた帰省は、とても心が休まるものだった。
都会の喧騒を離れて、静かな農村を散策して悠然とした日々を過ごした。

僕の生まれた静岡県御殿場市は、富士の麓に位置する街である。富士の向かいには箱根の山々が連なり、山に囲まれた地域になる。明治時代に「富士山東表口登山道」が開かれ、富士山への登山口としても知られている街だ。
東京都心部に近いが、市街地が標高約500mの場所に位置するために空気が非常に澄みきっており、夜空の星は美しい。また、富士の雪解け水の恩恵があり、黄瀬川と鮎沢川の源を有した水は美味い。
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この地域の人々は古き時代から富士と共に生活が存在し、そして生きてきたという。
実際に、6~7千年前の縄文時代には既に人々が住みついていたようだが、この頃は、富士山が盛んに火山活動をしており、噴火があると逃げ、おさまると住み着くということを何度も繰り返していたようだ。
10世紀から11世紀ごろにかけて伊勢神宮の荘園となり、この地域を「みくりや」(大沼鮎沢御厨)と呼ぶようになった。僕も幼い頃から亡くなった曾祖父や曾祖母によって"みくりや"という言葉をよく耳にしていた。"みくりや"という地域名は、"御殿場"という地名より不思議と馴染み易さを感じる。
鎌倉時代に入ると、源頼朝による「富士の巻狩り」が行われ始めた。市内には巻狩りに因んだ多くの伝説や地名が残っているのだ。戦国時代になると、駿河今川、甲斐武田、相模北条という"強国"の境界地帯として幾多の戦いに巻き込まれた。特に武田氏と北条氏の争奪戦は盛んだったようだ。
そして1616年、沼津代官はこの地方の土豪「芹澤将監」に対し、関ヶ原の合戦に勝利した徳川家康が使う御殿の造営及びその周辺に新町を建設することを命じ、この御殿を中心に「御殿新町」が生まれた。家康本人が実際に御殿を使用することはなかったようだが、「御殿場」という名はこの「御殿」に由来するのだ。

しかしながら、繰り返される富士の噴火によって噴き出された降灰は、田畑を埋め、山野を覆い尽くし、この地の人々に大きな苦難を与え続けたという。
(参考:御殿場市ホームページ

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静岡を離れて思うことは、僕は富士に支えられて成長してきたということ。
気候が富士山によって左右されることもあったが、一年を通して様々な姿を見せてくれる富士は、雄大なスケールを誇っていた。朝目覚めた時や日が暮れる時は、富士を見て、その姿の見え方や様子で時刻や天候を確認した。どこへ行っても富士を見れば方角や居所が分かり、気がつかないうちに精神的な支えになっていたようだ。
東京から御殿場に帰るたびにその雄大さに感心するが、改めて強い心の支えになっていたことを実感する。
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— 微風が田園の水面(みなも)を静かに揺らしていた。
  其処には、もう一つの富士の勇姿が雙を成すように映り込んでいた。
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by zeno1016trp | 2007-05-01 00:00 | 帰省日記

謹賀新年

謹賀新年

明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

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年末年始は静岡の実家に車で帰省し、5日間で約450km走行した。
帰省ラッシュを避けて高速を使わず、国道6号、靖国通り、国道246号を経由して地道に下道(片道140~150km)を走った。早朝に出たこともあり道は空いていて、4時間ほどで到着する事が出来た。帰りは多少の渋滞も有り約5時間。


実家では家族と共にゆっくり過ごした。もちろん妻の実家に於いても。
久し振りに義父と遅くまで晩酌を楽しむ事が出来た。

元日、妹夫婦、1歳3ヶ月の甥を連れ、僕たち夫婦が挙式を上げた「箱根神社」へ初詣でに出掛けた。
境内は2日からの箱根駅伝のため、この日に殺到した多くの参拝客で賑わっていた。渋滞にも巻き込まれ帰宅時には夕刻になってしまったが、建物全体が朱色で覆われ、荘厳な雰囲気を呈する箱根神社はとても美しかった。

箱根神社の側から望む事のできる芦ノ湖も、映り込んだ夜景によって静かに煌めいていた。
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東京に戻る日の朝には、妻の実家の裏山の小さな神社にも手を合わせた。この神社は社殿に向かって手を合わせると、後ろに聳え立つ富士をも拝むような位置に存在している。また、この神社の格子から見ることのできる「絵馬」が味わい深い。全体が非常に小さな建物だが、歴史の深さを感じることのできる様相を呈している。
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ゆっくり過ごした年末年始だった。ただ、まだ正月の気分が抜け切れていない。けれど早速、制作活動に励む予定です。

またこのblogにおきましても、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。       2007年1月
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by zeno1016trp | 2007-01-05 14:37 | 帰省日記

富士

日記を更新出来ないまま、2週間が経過してしまった。この期間にパソコンに向かうことはあったが、なかなか日記を書くことが出来なかった。
制作の方は、先週に一区切りついたが、まだ年内に二つのグループ展を残している。
旅記を含めて、少しずつ更新していこうと思う。

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先週末、理由は特に無かったが、連休を利用して静岡に帰省した。
前日に初冠雪を迎えた富士は、青々とした山肌の頂にうっすらと雪化粧を見せてくれていた。

— 東京に戻る日の朝、妻そして妹夫婦と共にドライブに出かけた。
そして、富士の美しい英姿を間近で観るために、車を富士の袂の広野まで走らせた。
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富士の広野に着くと間もなく車外へ出た。微かに感じることのできる風は、背丈ほどに生成した"すすき"を森閑と靡かせていた。澄んだ空気は、空との境界線を不明瞭にさせてしまうほど、溶岩と軽石に覆われた灰褐色の地膚を蒼々と見せていた。

その後、富士の五合目(標高、約2500m)まで車を走らせ、御殿場市街を見下ろすことのできる中腹に辿り着いた。箱根連山でさえ眼下にする五合目。この場所の空気は、筆舌にし難いほど清々しいものだ。



今にも手に届きそうなくらいの距離に浮かぶ淡雲は、蒼空の中を現れては消え、静かに、そして悠揚とたゆたんでいた。
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by zeno1016trp | 2006-10-16 22:11 | 帰省日記

御殿場富士

昨夜、静岡の実家から東京に戻ってきた。

滞在中は自宅の庭でバーベキューや花火をしたり、日中はドライブをしたりして家族と過ごす時間を楽しんだ。
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写生もしたが、全くパソコンに触れずに過ごすことができたことに驚いている。
高所のために実家の地域はエアコンが無い家々が多いが、夜半は実に寒いくらいで布団を被って寝たくらいだった。


台風の影響か、なかなか姿を現してくれなかった富士は、14日の夕刻にようやくその雄大な英姿を見せてくれた。
まるで"惑星"のように山稜を取り囲む雲影が、夕陽に照らされてとても美しかった。
その威容と自然が織り成す風致は、もはや言葉の領分では無いようにも思う。
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そしてそのような御殿場から望むことができる富士の英姿に、漠然とはしていたが10代の頃に「こういう"モノ"を描きたい」と思い続けていたことをふと思い出した。
富士の英姿のように誰もが足を留めるもの、誰もが頷けるもの、誰もが共感できるもの、そういうものを表現したいと願い、そして"富士そのもの"に様々な想いを馳せていたんだ。

俺にとって実家に帰省することは、きっと"原点回帰"の時間でもあるのだろう。いろいろな事を振り返ることのできる時間が多く在る。

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東京に戻ってからは日中の糞暑さに目眩がしそうだ。
アスファルトの路上が本当に疎ましい。


兎に角食って、兎に角描いて、兎に角動いて暑さなんか"ぶっとばせ"。
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by zeno1016trp | 2006-08-18 01:01 | 帰省日記

ようやく夏らしくなってきたようだ。
「蜩(ひぐらし)」の鳴き声もようやく耳にすることができるようになってきた。
高校野球地方大会の積み重なった順延が気になるこの頃。


週末、盆のために実家に帰省した。

両日、互いの実家の墓参りに赴く。
地元の友人とも会いたかったが、夫婦互いの実家に顔を出すことで精一杯だった。

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静岡では「盆」は7月だが、暦においては8月15日が「お盆」となっている。
けれど、どうやら8月15日というのも夏休みの関係からきているようだ。さらに、メディアの発達によって「お盆」を8月15日とすることが全国的になりつつあるようだ。
このことによって、本来の意味である"祖先の霊を祭る宗教行事"としてでなく、休暇(夏休み)としての意味が強くなってきているとも言われる。
それでも個人的には、「お盆」や「正月」のような"日本的"行事に因って身近な人たちを想い、集う機会となるのならその意義は充分にあると思っている。

今後も"日本的"な文化は、時代と共に変容していくだろう。
大切なことは、有形であれ無形であれ大切に守り続けていくべきものを認識し、自覚するべきことだと思う。
 
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実家では、妹夫婦の長男、10ヶ月になる甥の昂雅(こうが)が歩行器に乗りながらも元気に動き回っていた。
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妻の実家でも、家族が温かく迎えてくれた。

妻の実家の庭先の、"迎え火"の白い花がとても瑞々しかった。
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by zeno1016trp | 2006-07-27 10:38 | 帰省日記

仕事始め

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今週末、実の兄弟のように仲がいい"義弟"の結婚式があり、静岡に帰省した。

挙式はとてもよかった。式後は、妻方の"大親族"と二次会という流れ。そして、親族と伊豆にて宿泊。親族は岩手、宮城の農家ばかりだけど、静岡の田舎をとても喜んでくれていた。やっぱりこういう親戚付き合いって大事だよな、と実感。
付き合いと言えば、近所付き合いも大事に思う今日この頃。
俺の住まいは一軒家が立ち並ぶ葛飾の住宅街。軽い挨拶はもちろん、時間が有れば立ち話だってする。「遠くの親類より近くの他人」 を感じることもあるのだ。

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10日の入学式から数えて、早くも1週間が経った。
主な仕事は、研究室の雑務、修士の担当、学部一年の補佐。先週は、新一年のガイダンスや講義のために、取手校地にも出勤した。

木曜は「絵具講義」で、講義の"手伝い"をしながら"メモ"をとっていた自分。にもかかわらず、道具などの質問を受ける。自分自身、復習することが多々有ることがよくわかった。

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個展DMができた。
明日は仕事後、銀座で打ち合わせ。
制作の他に、DMの宛名書き&郵送、宣伝、展示構想、搬出入、作品ファイル、、、雑用がたくさん。
まあ、なるようにしかならない。
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by zeno1016trp | 2006-04-17 00:13 | 帰省日記

帰省

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週末を利用して、妻の実家<駿東郡小山町>に帰った。東京から電車で3時間。
妻の実家<駿東郡小山町>と俺の実家<御殿場市>は隣り街。


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駿東郡小山町は足柄山の金太郎の故郷でもある。
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by zeno1016trp | 2006-03-21 03:05 | 帰省日記